逃げるは恥だが役に立つ、

だかなんだか分からないけど、

本当は「逃げるのは恥ずいけど生き抜くのが大事」って意味らしい。

まぁ、そんなことどうでもいいけど、

ただ、俺が29年という割と短い人生の中で、割と遅く気付いた事は、

「一度逃げ癖のついた奴は、何か調子の悪い事があれば逃げる事がまず第一になり、逃げっぱなし」

という事だ。

けど、それとは対を成す感じでこうも言えるようになった。

「どんなに逃げても逃れられない。
逃げても逃げても、そこを超えなきゃ
立ちはだかるのはいつも同じ壁」

逃げる事に夢中な奴は、それに必死だから気付かないかもしれない。

いや、気づく事すらからも逃げてるのかもしれない。

現実を受け止める事が出来ない。

けど、世の中そんな甘っちょろさで生き抜いていけない。

賢く、ずる賢く、柔軟に、屈強に、頑固に、強くならなければいけない。

皆まで言いたくもないけど、
自信がないって言う奴はいつもそうだ。

何の努力もする事なく、何の積み立てもすることもなく、

ただただいい結果がバンッと出る事だけ考えてる。

けど、それはそいつの実力なんかじゃない。

そして、それが出来なければ、ただただ楽な方へ、楽な方へと逃げる。

そうしてるうちに自分が、自分の理想とする自身の姿から遠ざかっていく事になる。

ただただ情けない。
弱腰で、逃げ腰で、負け犬。

そういう風に言われても、事実だし
図星だから何も言い返す言葉すら持たない。
ただ目で訴えてくるけど、
睨むだけじゃ何も良くはならない。
寧ろ状況の悪化に繋がる。

結局、やるかやらないかだ。
やるか逃げるかだ。
努力するか努力しないか。
がんばるかがんばらないか。

挫折っていうのは、努力してる奴にしか訪れない。

ただそこで諦めたら、負け犬のレッテルを自ら貼るだけだ。

何も始まってない。
お前はそんなもんじゃない。
俺はそんなもんじゃない。
逃げる方がつらいのって後からジワジワ効いてきて、
そして後悔となる。

やりきった時の爽快感や達成感を知らず、
そして、それに至るまでの過程の中での努力や挫折や乗り越えた事、自分自身の強さに気付かずにいるのは勿体無い。

逃げた時には、それら全てに気付かない。
そこで終わり。
そこで打ち切り。

自分の可能性をどんどん狭める。

「自分にはもっと合う事があるはず!
ここは自分の居る場所じゃない!」

なんて考えてる奴に限ってプライド高いけど、現状から逃げてるだけの奴なんか、ザコ以外の何でもないわ。

そうやって逃げてる奴に
居場所なんてどこにもないし、
合う事なんてどこにもない。

お前はお前のベストパフォーマンスを出す為に何か努力したのか?

汗水垂らして血豆出来て、血反吐吐いて、体バッキバキにして、心ズタズタにして、

それでも乗り越えて、「やり切った!」って胸張って言ったことあるか?

逃げ道選ぶ度に
ベストパフォーマンスのゲージが20ポイントずつ減っていくと仮定して、

挫折しても努力して乗り越えたら50ポイントずつ増えるとしたら、

5回の逃げで0ポイントになるのと、
2回の努力で100ポイントになるのとではどっちが賢いかな?

どっちが自分の可能性が広がるかな?


俺は、自分が新しいことに挑戦する時、
やはり練り込む中で壁が訪れ、挫折する時がある。
でも俺はそういう煮詰まった時ってチャンスだと思うんだよね。
そこで考え方を変えるとか、強行してやってみるとか反復練習してみるとか何かしらの試行錯誤をしていく中で、気付いたら出来るようになっていて、それを超えた時、俺は「やっぱり俺って天才だ!」って自覚する。

そして、俺は何でも出来るんだって自信になる。

その瞬間があるか、ないかだ。

その時が訪れた時、
自分自身の可能性が広がる事に胸膨らむ感覚がしたら、
立ち止まってはいられない。


俺は今やってる事にも、
新しい事を始める時でも、
「やってやる!」って気持ちと、
「これが出来たら俺カッコイイ!」って思う。

他人にどう見られるか、どう思われるかの損得勘定じゃなく、

これをやったら、俺はどうなるのか?
俺はどう拡がっていくのか?
って考え方なら、限りなく自己満足だけど、
ワクワクしてたまらない!


立ち止まってるだけじゃ、変わりもしない。
終わりもしない。

何度も何度も立ち向かえ。
そして、何度も何度も「俺ってすげぇ!」って自分を褒めちぎってやれ!
自意識過剰なくらいがちょうどいい!

俺は海外生活でそう学んだ。
俺の人生の中で、それが俺の処世術だと判った。

死ぬわけじゃないし、若いうちは当たって砕けろ!
砕けて弾けてなんぼだ!