The Outback Sky

Love, Freedom, and True Rockn'Roll

August 2013

What the hell is justice?


久々に更新します。
最近今やってる仕事の派遣会社がめっちゃブラックなことが発生しまくってて、
今日は仲間がほんのささいなことでクビにされて、
その仕打ちが酷すぎて、一人は泣いちゃってるし、もう本当にここは地獄だと思った。
D氏は人ではない。
悪魔だ。Devilだ。
マジ、なんでそんな奴からクソみたいな仕事もらわなきゃいけないのか。
そこまでして金もらっても、、、っていうか額も最低だし、
家畜以下、奴隷以下の扱いだよ。
あんなやつどーせ、日本でロクな商売出来ないからこっちで立場低い日本人から金巻き上げて、詐欺まがいの派遣やってんだろ。
あんなの社会のクズだ。
犬の糞だ。
He is dog's shit!!

こんなことするためにオーストラリア来たわけじゃない。
あんな悪党を許すわけにはいかない。

本当に、ここにいると何が正しいのか、
誰を信じればいいのか、分からなくなる。


酷いを飛び越して、卑劣。
外道だ。

こんなことの先に何がある?
多くの若者から夢を奪い、目の輝きを失わせ、自由と正義を偽りに染める。
こんなことが許されていいのか!?

仕事って信用あってのものだと、オレは前の会社で学んだけど、
ここは信用なんてなくても俺たちをベルトコンベアーの歯車程度にしか考えていないのだろう。
そんなのは、俺が日本で危惧してきたことだ。
どうしてオーストラリアまで来て、それに従わなければいけないんだ。
クソ食らえだバカヤロー!
ふざけんなバカヤロー!!

もうあんな奴ら信じられるか!
宣戦布告だ。
中指突き立てて、真実の正義と自由を勝ち取る戦いを始めよう。
世界を偽りから救い出し、奴らに制裁を!鉄槌を!

本当の正義は、おそらく、、、


仲間を想う気持ちだろ!!

バカヤロー!!

 

In the circle of destiny


こっちに来ても思うことは、

こっちで出会った人たちとの出会いも運命だということ。

今同じファームで働いてる同い年のカズくん。

彼とFacebookの友達になったら、同じエージェントで同じ日に同じ飛行機に乗って、隣の席に座っていた・・・・

という偶然ではないが、同じ日にこっちに来た北見の女の子と知り合いで、
ヌーサのレクシスに通っていたのだという。


世間は広いようで狭い。



留学センターで出会った人とも、何かしらの運命のつながりがあった。

例えば、あるおねえさんのいとこがうちの姉ちゃんの高校時代の友達で、俺自身も小さい時にその人と会っていたことや、

出会う人とは出会うべくして出会っていて、
一人の人と出会うことで、繋がりが連鎖して、さらに出会いを生む。

そういう人たちとは、同じ運命の輪の中にいるんだと思う。

出会いあれば、当然別れもあるが、運命の繋がりがは、自分が意図しなくても何重にも重なっている。

再会すべく人とは、また再び出会う。


 

君の声はもう聴こえない

長い人生の中、人は求めても手に入らないものを求める。

愛を求める。


今も、以前も、僕の周りには愛求める人がいる。
掴み取る者、拒絶される者、閉じこもる者、
みな様々。


しかし、僕はというと、漠然と恋なんてするつもりは当分起こらないと思い込んでいる。

僕はそんなり恋愛偏差値や恋愛経験が深いわけではないけれど、
恋愛はしようと試みても上手くいかず、
街角で囁かれるように、
「恋は落ちるもの」と理解している。

それは岡本太郎大先生も言っていたように、
恋に落ちる瞬間や恋が始まる瞬間というのは、"無条件"であると思っているんだ。

こっちに来たからにはパツキンの白人ねえちゃんとイッパツかましてぇところでもあるけど、
どうやら僕の心理の深層には、そういう気持ちがないらしい。

そりゃあ、こっちに来る前まではかなり好きな子もいたけれど、
その子は別の男を選んだし、こっちに来てからそれを聞いた瞬間からすぅっと気持ちが覚めた。 

5年ほど前から味わっている痛手を二度と踏まないよう、
どこか恋の深追いをしなくなった自分がいた。

可愛いと思う人や、特別仲良くなる出会いもあったのだろうけど、
自分が以前のように深く溺れるのから逃げんとするかのように、
僕はそれ以上になることを遠ざける。


今は何かな、
恋愛というより家族愛が大事かな。
25年の人生で初めて、親元を離れての海外生活。
親のありがたみも、家族への愛しさも、故郷の思い出も身に染みている今日この頃。
ホームステイの家族がとても温かかったから、家族の大事さを思い知った。


僕も家族が出来たら、全身全霊をもって愛でるに違いない。
そして、それらを守り抜くために生きるようになるだろう。
それは思春期の頃からつい先日までの自分が抱いていた"くだらない普通の人生観"。
だけど、本当は心の奥どこかで求めていたもの。


前の記事で示唆したように、
僕は帰ったら大学院に進学する。
それは、今までのような"逃げの選択肢"ではなく、
真剣に自分の人生と向き合うことを決めた、決意表明だ。


 
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Yoshi

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