The Outback Sky

Love, Freedom, and True Rockn'Roll

July 2013

The wildest dreams


気が付けば七月は今日で終わり。
26歳になって二週間余りが過ぎていました。

ファーム仕事も軌道に乗ってきたかに見えましたが、何故か脱線してきてます。
ここは糞です。糞です。糞過ぎます。
糞が三つも並ぶとかなり糞だという感じがするね。笑

働いていると、日本の方がマシと思うことが多くなりました。 

オーストラリアに来てもうすぐ四ヶ月ですが、
最近は、無事に日本に帰った先のことを考えるようになりました。

社会人になる前は働くのが嫌だったけど、
今、こういうところで史上最低の仕事を経験すると、前の仕事も捨てたもんじゃなかったと思うようになったし、何より今より楽で給料も良かったし立場も責任もあった。
人間いつでも一番苦しいのは、今。
「あの頃は…」なんて自分が言うようになると、老けた感が迫る。


でも最近はガチで帰ってからのことを考えてる。
何か新しいことをオーストラリアで見つけてくるつもりでいたけれど、
自分がいつでもたどり着く考えは同じで、今はそれをどう具現化すればいいのかを考えてる。

俺は日本に帰ったら、大学院に進学する。
そして、教職課程を取る。

教師になる、とバッサリ言ってしまうと、
どこか決めきれない気持ちの余地がある。

でもいつもそこに考えが終着する。
学生時代に逃げてたことを今になって真面目に向き合おうとしている。

俺はやはりアーティスト。
伝えることをしたい。
遠回りはしてるけれど、その分オレの見つけた真実の内容は濃い。

お勉強が出来て試験の成績がいいだけの、世間知らずのエリート教職員とは違う。
もっと生々しく、泥くさい、栄光の残り香もない、生き様をむき出しにした、そんな人生経験のある指導者の方が魅力的じゃないか。
大学卒業して試験一発合格の薄っぺらい栄光談よりも、
人生の紆余曲折を持った人の方が濃く、魅力的だ。


アーティストとして、教育者として、
いつかは自分の考えを受け入れて、引き継いでくれる何者かに出会う。
この先、何十年の間に出会う数千人、自分の言葉に耳を傾けてくれる数百人、そのうちから志を同じくする数十人、そして意志を引き継いでくれる数人。。。

その数千分の一か、数万分の一か、
限りなく低い可能性の中に、自分の考えを吸収しつつ、新たなる何かを創造出来る一人と出会う時、
自分の人生最大の目標のうちの一つが完結する。



そんな途方もない夢の話を考えていると、
何故だかワクワクしてきたんだ。

 
だから今はひどい状況だけど、何か損しても何か取り戻すってくらい喰らい付いて、
結局、バカだと後ろ指差されて笑われるならいっそのこと笑い話にするし、 
誰かに失望されたとしても、俺は絶対に自分に絶望はしない。
自分のままに、まっすぐ生きる。



だから今から、どこの大学院に行けば自分のやりたいこと勉強出来るのか調べてる。
 

洗練された瞬間


人生も中にはすごく気持ちが晴れ晴れとしていて、清々しい瞬間がある。

それを最近ぼくは洗練された瞬間と呼んでいる。


なぜそういうかというと、今ファームで働いていて、毎日汗まみれ、泥だらけ、傷だらけになりながら働いてるけど、達成感というか、晴れた気持ちがしない。


それで今までの人生で「洗練された瞬間」が何度あって、どんな時だったのかを思い出して見た。

思えている限りで、
高校の部活でトレーニングを終えた瞬間や、大学のサークルのバンドで初めてライヴハウスでライヴした瞬間、仕事でポリッシャーを動かして銀行のワンフロアやり抜いた瞬間など、、、


疲れてるのに気持ちが晴れていて、清々しかった。


そんな気持ちを、
オーストラリアでまだ体験していない。

 

Dought

やはり恋をするのは難しい。

 どうしてだか、すぐに相手を嫌いになってしまう。

本来はもっと無条件なはずだ。
無条件になりたい。

でも、きっと今は理想を求めすぎているんだ。

ただ素直でいてくれればそれでいいのに。


約束、先にしてたのに、後回しにされたり、
こういうのは女子のやることか?
でも人間としてどうなのだろう?
約束を破ること、人の好意を裏切ること、
それは確かに俺もやってきたことだけど、
そんな過去が嫌だからこそ、そんな相手を許せなくなる。


無条件に純粋な恋をしてみたいものだ。
心が震えるほどの。


けど、今は恋出来るほどの身の上でもないし、状況でもない。


それにこんなところで恋なんてしたところで、
お互いに相当大人か、純粋なじゃなければ続かないだろう。


出会いが多角化した今のこの世界で、

運命が引っ張り合うような巡り合わせなんてあるのか。



俺も日本に誰か支えになる人を残していれば、少しはマシだったろうか。
家族はともかくとして。


かまってくれるやつがいないか。 

Renovation


昨日の話で言いたかったことは、
やはりというか、なんというか。

やはりオレはアーティストなので、こっちに来ても、
目で見るもの、耳で聞くもの、肌で感じるものを通して、
自分の中の想像力や感性に磨きをかけたいと思っている。


そこで、昨日の「何もないから、何もできない、楽しくない」というような、
アンチイノベーション的な言葉を聞くと、それこそ本当につまらないな、と感じるのだ。


イノベーションとは、何だろう?

Innovationを辞書やWikipedia で引くと、

先進技術や最新のアイディアというような意味だと分かる。

けど俺がここで言いたいこと、思ったことは、

イノベーションとは、
自分の中で新しいこと、知らないこと、経験のないことを始めるということ。

人間というのは、経験や記憶を蓄積出来る能力をあらかじめ生まれ持っている。
その記憶装置のスペックは家庭用コンピュータのハードディスク容量を遥かに超えている。

そんな記憶装置でしかも、何だってこなせるハードウェアが全身にまとわりついているのだ。

何もないところへ行ってみろ、
その人が文明社会の中で何も身につけていないダメ人間か、赤ん坊でもない限り、
記憶している経験で、無から何かを生み出せるのだ。
それはその人にとっては、経験の産物ではあるが、同時に新しい環境から影響を受けることで変質し、
全く新しいものとなるはずだ。
それこそ、イノベーションだ。

音楽でも、
新しいものを作るには、古きを知り、その経験から新しいものを生み出せる。

それをするのには、環境は関係ない。

例えば、世界最先端の情報と技術が集まる場所であっても、
その膨大すぎる情報量に飲み込まれ、理解の範疇を超えて、
その人自身がパンクしてしまうかもしれない。

逆に、どうしようもなく人里離れた大自然の中、
情報も技術もそこでは役に立たない。
ただ、人間ではなくイケトシイケルものとしての生存本能。
「生きる」という本能によって無条件になれる。
無条件になることによって、
選択肢もないが、その代わりに、
見るもの聞くもの触れるものに余計な順番や先入観を持つことなく、
吸収出来るようになる。

そして、より野生的で、純粋な感性が研ぎ澄まされていく。
自分の中の世界観が豊かになっていく。

テクノロジーの分野では話にならないかもしれないが、
豊かで自由な発想こそ、より個性的であり、芸術の本来の価値観を発揮する。
アーティスティック。

それは、より自由で純粋な個性であり、
無条件に吸収された世界そのものと、自らとの間で影響し合って生み出される。

それこそ、真のイノベーションなんじゃないかと思う。
 そしてそれは、また無条件に人々に影響を与えることができるのだ。
俺の言葉のように。






ま、やるか、やらないかの世界さ。 

Innovation


今週末にNoosaというブリスベンから北に電車とバスで4時間くらいの小さなリゾート地に泊りがけで行こうって計画した。
参加者は同じ札幌のエージェントから来てる友達で、
ブリスベンから俺ともう一人、
マルチドールから二人の計4人で行こうって話をしていたんだけど、
バッパー予約したって言ったら、
マルチドールの奴等が、
「ヌーサは田舎で何もないから、何もすることがないし、俺たち住んでるところ近いから泊まらなくていい」と言い出した。

(`□´)コラッ!
喧嘩売ってんのか!

確かにマルチドールはサンシャインコーストというブリスベンの北にある地域で、
ヌーサとブリスベンのちょうど間くらいにある小さな町だ。

マルチとヌーサ間はバスで一時間程度で本数もそこそこ頻繁で夜に帰れるかも知れない。

しかし、ブリスベンから行く俺たちには、ヌーサからブリスまで帰るのに4時間以上かかるし、終電は夕方に終わってしまう。
こちらから朝に出て、昼過ぎにヌーサに着いても、現地滞在時間が2時間程度で終電を掴まなければならなくなるのだ。

だから、安いバッパーに一泊することにしたのに、
予約してから、文句言う。

これだから自分で行動しない若者は困る。

ヌーサには同じエージェントから来てる子が二人いて、一人はすでに現地のレストランで働いていて、日曜が定休日なので会おうという連絡をしている。



けれど、マルチの奴らは、本当にガキというか、自分の意見がないくせに文句たれるというか。
迷惑極まりない。


けど俺がムカついてるのはそれだけじゃない!


そいつらは近いくせにヌーサにはまだ行ったことがない。
そのくせ、「ヌーサには何もないから、何もすることがなくてヒマだ」などと言い腐っている。

そいつはこっちに来てから酒を煽り飲んでいるクソ馬鹿野郎だ。

何しにオーストラリアに来てんだ!
日本に比べたら、ここは本当に何もないところだ。
田舎だろうが都会だろうが関係ない。
物価は高いし、仕事もするなら日本の方が断然しやすい、 食べ物も決して美味いとは言い難い、
酒だって高い、寒い、など苦言を呈すればきりがないが、
日本の方が暮らしやすいのは間違いない。

そんなところに来て、
「何もないから、何も出来ない、ヒマ」なんて、
今すぐ日本に帰れ。


何もないから、何も出来ないと思うのは、そこに何があるのか知らないから、
そこに何があるか知らないなら調べればいい。
調べてないのに、何も出来ないなんていうのは、そいつに何もやる気がないからだ。
何も知らないやつが、何も出来ないというのは、それは単なる無知だ。
しかし、無知でも知りたいと思ったり、何かを見つける意思があれば、
それを見つけることが出来る。
それでも何もしないやつは、単なる愚か者だ。

まだ学生だからとか言って、何も得ずに留学が終わったら、あいつらはただのクズだ。
オーストラリアはもちろん、日本でだって使いものにならない。


どこに行こうとも同じことで、
何もないところに行っても何かを見つけることも出来るし、楽しむことが出来る。
逆に物がありふれているところに来れば、何だって出来るかもしれないが、
結局は同じことで、やることが多すぎて時間に追われる。
結果、何も出来ないのと同じなんだ。


この話とは関係があるかは分からないが、
せっかく異国の地に来てるんだし、もっと現地を楽しまなきゃと思う。
よく、ダーウィンやケアンズに旅行に行った人たちが
あっちには何にもないと言う。
俺はそんなことはないと思う。
彼らは何を求めて旅行に行ってるんだろう?
航空券が安かったから特に何も調べずに行ってみただけなら、
それはその旅行先に何もなかったんじゃなく、ただ単に下調べができていないだけである。

俺の場合は、もともとラウンドすることが夢だったから、色んなガイドブックや写真集を日本で見てきていたけれど、「いつかこんなところ行きたいね」ではなく、
「俺は絶対ここに行って、これ見る!」って決め込んでいた。
Google Earthやネットのマップや写真共有技術の進歩によって、僕たちはどこに居ても、地球の裏側まで旅行をするのが容易になったと言えるだろう。
しかし、そんなんじゃ旅の本当の感動を味わうことが出来ない。
写真を見て、行った気になってるだけのやつは特に。どこにも行くことなく、その感動を知ることは一生ない。

いくらいろんな写真を見たり、ガイドブックを見ても、実際に現地に行って感じる感動は、計り知れない。
それが旅っていうものを楽しむ醍醐味だと、僕は思う。
何も知らないで、何もない、楽しくないなんていうのは、お門違いも甚だしい。

よく旅行慣れした人がいうことだけど、
ツアーで行くより、自分で調べて計画した方が楽しいというのは、的を得ている。
自分で調べないで楽しませてもらおうと思ってる受身体質のつまらない人は、
是非お金を払ってツアーに参加することをお勧めする。

それでもお金使いたくないって人は、
今すぐ日本に帰れ。
こっちに来たからには、「save money」なんて腐ったこと言ってないで、金を使って楽しみを買えばいい。
Save moneyするなら酒を飲むなんて、どこでも出来る、非常につまらない金の使い方をするより、
一度の旅行に秘められた、一生ものの感動や、誰かと一緒に過ごすその特別な瞬間に 気を回した方がいい。


 
Profile

Yoshi

Counter
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ