The Outback Sky

Love, Freedom, and True Rockn'Roll

March 2012

情熱大陸


最近は葉加瀬太郎の「情熱大陸」をギターで弾くのにハマっています。
全部耳コピで。
でも音階が同じでも、音の生き方が違うからバイオリンの躍動感には敵いませんね。

ちなみに「ルパン三世のテーマ」も弾けるようになりました。耳コピで。
もともと先週の金曜ロードショー ルパンVSコナンを見て弾こうと思い立った。
大学ゼミの先生のウクレレでやってたのをYoutubeで見て参考にしながら。

そしたら、ルパンのテーマって情熱大陸に似てね?って思って情熱大陸を弾くようになった。
これがなかなか運指の練習にもってこい!もっとこい!のってこい!


ここ一週間ずっと「情熱大陸」と「ルパン」しか弾いてない。
頭の中でもずっと情熱大陸が流れてる。
まさに情熱を注ぎ込めるものがギターしかないと言える。
バンドをやってりゃバンドなんだけど、熱中すればするほど人間性を欠いてしまうらしく、あまり人には好かれない。
まぁ、バンドメンバーに好かれようとは思ってないんだけど。
むしろ、最近の「ゆるーくやりたい」っていうゆとり発言には嫌気が差すので、そういう人達と自分の思考の境界をはっきりさせるのはいいことだと思う。

やっぱり札幌は上昇志向が弱い。
プロになるわけじゃないけど、プロ意識が弱い。
流行るジャンルも時代遅れだし、わがままな奴多くて本当にバンドやりたいの?って思う。
グダグダ連絡取るのも嫌いだし、スタジオ入ってgdgdするのも嫌いだ。
確かにスタジオ代がもったいないと思う。
話したいだけならメイドカフェとかキャバクラ行った方が気持ちいいんじゃない?

俺は仕事ではあまり嫌われないから、バンドも2番目の仕事感覚でやった方がいいのかも知れない。
そういう考えの人たちとやった方がいいのかも知れない。が、あまりそんな奴札幌にいない。
バンドに依存しすぎっていうか、プライベートと混合したくはない。

冷めたバンドやりたくないっていう人がいるけど、熱くなれるかなれないかはそいつの情熱次第で、人に影響されて揺らぐくらいじゃ、そいつ自体が大した意志持ってないんじゃないかと思う。
人のことばかり気にしてたら自分の軸がはっきりしないぜ。
自分のスタンスを貫くことは重要。


こだわるならもっと音楽的なことがいい。
人間的なことをこだわったってキリがない。解決がない。
俺は他人がどう動くのかに任せるより、自分でグイグイ行く方が性格にあってる。

最近仕事も忙しくなってきたけど、上司の仕事が遅すぎて、こっちに回ってくるの遅いから腹が立つ。
終業時間すぎてからまともに働き出すのってどんなスロースターターよ!?
俺は時間内に効率よくやって、終わったらさっさと帰って余暇を楽しみたい。
本当、ゆるい会社だとそれが習慣化して染み付いてるから上司の仕事が遅い。
皺寄せがこっちに溜まってくるのが効率悪いと思わざるを得ないね。

ゆとりなのは誰か?



心の軸



僕はネガティヴな人があまり好きではない。
根っからのネガティヴな人が好きではない。

僕でさえもネガティヴにはなる。ならない人間はいないだろう。
でも、根っからのネガティヴを前面に押し出してくる人は重ッ苦しい。

 
いやぁ、でもね。
多分オレはムカついてるけど、それを相手にそのままぶつけるのはどうなのかと思っちゃう。
でもここにかいたら、また何だかって言うんだろ。
知らねーよ。


元カノの名前をブログのタイトルに使っちゃう女ってどうなのー? 

デリカシーないんじゃない。

っていうか、本当にあいつ俺のどこが好きなんだ?

俺のこと好きっていうくせに不満が多いみたいだな。
別れたいみたいなこと思ってるみたいだし。

俺は相手の寂しさ埋める為に付き合うほど寂しくないし。
本当に好きなら具体的に好きなところ100個くらい言ってみろや。
100個は多いか?
じゃあ80個でいい!

好きって言う時の言い方も何だか歪んで聴こえる。

「あの人とあの人とあの人も嫌いって言ってるけど、私は好き」とか、
「君が犯罪者になっても好きでいれる自信ある」とか、

逆にオレがオレの自信失くすし!!wwwwwww
 
そんな言われ方しても何にも嬉しくないんだよね。


「私のこと好きじゃないの知ってる」とかさ・・・

正直イタイしウザイわ。そういうこと言う奴。

俺はそういう奴に同情はしない。

YUちゃんがだいぶ前にあいつに「何でそんなネガティヴなの?」って言ってたのを俺は横で聴いてたけど、
まさに俺が今そんな感じだ。

なんかおかしいんじゃないかと思う。

愛情の押し付け方が歪んでる。

優しくしたら、「なんか怒ってるんでしょ」とか言うし。

は?は?は?・・・

いい加減にしろよ。自分ばっかり我慢してる気になってんじゃねーよ。
我慢するの嫌なら曝け出せ。
それで俺らが終わるならそれはあいつの言う「縁がなかった」になるんじゃねーの?
それが出来ないなら黙ってろよ。


何でそんなにネガティヴなのか、言わなくても伝わってくる。
なんかこいつ内に何か含んでるには空気で分かる。



俺の思ってることを書いといてやろう。
あいつの心には"軸"がない。心の軸だ。
或いは信念とか志とも言う。
己が己を認める意志。
それは誰かが齎してくれるものじゃない。
自分で作るんだ。
俺から見えるあいつは、誰かに依存してるように見える。
心の軸がない奴、軸が揺らぎ易い奴はそうなる。
他人の言動一つで簡単に揺らぐ。
そういう奴らはその軸を他人が与えてくれると勘違いしている。 
けれど、人に依存してるくせに受け入れられないことは受け付けない。
我が儘千万!
自分を強く持つ事は、誰にだって出来る。
けど自分じゃなきゃ自分を強く出来ない。
自分じゃなきゃ自分を変えられない。

最近こういう言葉をよく見かける。
「変わらないために、"変わろう"」 

それはオレ的にこう解釈している。当たり前のことなんだが、
"自分"でいるために、"変わる"のだ。

しかしこの"変わる"ということを、他人の言動に合わせて自分の意見を変えるという風に誤解してはならない。
それだと、ただ自分の立場を守るために、優位に立つために自分の意見を変えてるに過ぎない。
それは端から見たら卑怯と言える。
少なくとも俺は卑怯だと思う。

俺はあいつが前のバンドメンバーと俺のいない時に俺の悪口言ってたってのを聞いた時、あいつも黙って笑ってたっていうのを聞かされた時、「こいつは自分の好きな奴よりも、自分の立場を守ることを優先したんだな」と失望した。
そんな事を軽々と本人に話してしまうそいつのデリカシーのなさにも・・・。

だから俺はそいつのそういうところはハッキリ言って、嫌いなのである。
俺は嫌なことは嫌と言う人間である。
仕事では仕方ないにしても、それ以外の自分に残された余暇の時間において、そこを妥協するくらいなら何かを失っても仕方がない。
賭けなのだ。
自分の曲げられないところを突き通すというのは、代わりに何かを失うことになるかもしれないという、賭けなのだ。
これはパチンコやスロットとは違う。
もっと重いものを賭けている。
人生、命、人間関係・・・
それを否定される苦悩を抱いても、心のままに生きたい。
それが俺の生き様!
ロックンロールなのである。
この想いに一点の曇りもない。
それが俺の心の軸だ。


それはあくまでも俺の軸だが、
誰にとっても心の軸が弱いと上手く立てないものなのだ。
身体の軸が弱いと水面に揺れるボートの上に立てないのと同じなのだ。
自分の心を鍛えられるのは自分自身。
自分が嫌いなら、自分で自分を乗り越えるしかない。
自分で自分を認めてやるしかない。
他人に認められるよりもずっと簡単だ。
例え、他人が認めてくれなくても、もっと楽に生きれるはずだ。


Fuck!!



( ̄З ̄)ノ


この顔文字で僕のふてぶてしさが伝わるだろうか。
(ということは全く関係ないのだが、単にこの顔はオレっぽいと思ったのですw)


再三に渡り申してますが、岡本太郎の本を読んでいるのです。
まだ1章目の3節あたりですが。
ブログやるなら読めよと言いたいですね。
気になるセンテンスがいくつか既に出てきてます。
そもそも僕が岡本太郎にハマり始めたのは去年、たまたま抽選で岡本太郎展のチケットを当ててPARCOに見に行ったからです。
その前からもRSRで知り合った友人が岡本太郎好きだったので話はきいてました。(友達か?)

OKAMOTO'Sはまったく聴いたことないんですけど、こんなこと歌ってるのかなぁ・・・なんてw。


だいたい今読んでる章では、人生の生き方についてかかれてますね。
なんというか、こう、あれよ。
何故、皆さん人生で冒険しないの?っていう感じ。簡単に言うと。
失敗したっていいじゃないの!って話。
んまぁー、冒険しない人が大多数のこの世の中だからそれが常識のようなもの。
夢見がちな人間はそいつらに叩かれる。 
でも、夢見てる人間が何故、夢を失った奴らに叩かれなきゃならんのか?
どちらかと言えば、夢追っかけてる奴の方が格好いいわけで。
「安全・安定・安泰」の三拍子の世界で生きてるのはそんなに偉いのか?

僕は夢の為に今を生きてる。
この先、もし働き続けても、定年を迎える歳に年金や社会保障があるとは限らない。
生きてるかどうかも危うい話だ。
自分の人生は自分で守らなければ。
誰かがどうにかしてくれるわけはないんだ。
仮に誰かによって守られても、それが僕の望んだものになるわけがない。
最後には自分で選ぶしかない。
自分が生きる道を。
僕たち、この世に生きるすべても生命に約束されたものは何だと思う?



残念ながら、残酷な「死」です。
「死」からは逃げられない。永遠に生きる事は出来ない。そんな人見た事ないでしょう?
どんな死に方しても死んだら寿命が尽きたってこと。
どうせ死ぬならどんな人生でも同じかもしれない。
多くの人は後世に名を残すこともない。
けれど、自分の存在は自分を覚えている人がいる限り続く。
岡本太郎もそうでしょ?
僕らが覚えている限り、彼の名と偉業は薄れない。
そう考えると、死んでから評価されて名を残してる人ってすごいね。
ある意味、残念で残酷な結末だけど・・・。
僕がそこまでいけるかは不明だけど、もし死んで墓を建てるなら、オレの名と共に、オレの実現した夢のことも書いてほしいなwwww


でもオレはまだ死ねない。
この人生はすべて自分に捧げてるのさ。
夢に生きるために。
だからそれまでは死ぬことは許されない。
オレが一番恐いことは「死」以外の何者でもない。

しかし、夢の道が開け、夢の入り口にたどり着いても、まだ死ねない。
夢を見ることが偉大な事だとあいつらに教えてやるのさ。

読書について

僕は読む本にハズレはないと思うのだ。


なぜなら僕は、読みたいものしか読まない。
もっと極端に言うと、自分で選んだもの、自分で買ったものしか読まないのだ。

人に勧められたものや、人が買ってきた本は読もうとしても捗らない。

僕は普段から特別読書が好きというわけでもないし、読書家というわけでもない。

本を読むくらいならネットサーフィンした方がいいと思っている。

でも時たま、
自ら読みたくなる時がある。
でもそれは、話題作とか流行りものではない。

僕は読む本に具体的な基準があるわけではないのだ。

ほぼ、直感である。
ほぼ、直感で、その本に強く惹かれる。

言うなれば、運命である。


知る必要はない。
出会った瞬間から恋い焦がれてい
る。

そうやって買った本は積極的に読み進める。

そして、読み終えると、やっぱりハズレではないんだ。

けど、人に勧められたものはこうはいかない。

人が勧めてくる本には、すでにその人の思考や意見が入っているから、だいたいの印象は決まってしまう。

それだとつまらないのだ。

自分で感じたままに読みたい。

ほんと、
本は読み終えても、矢継ぎ早に次を読もうとはしない。
それだと、ただ、自分の中に入れただけになってしまう。
感情や思考に何らかの動きをもたらす内容のものほど、読み終えてたら、自分の中でそれを処理するのに時間をかける。

世の中には、手当たり次第に本を読む人もいるが、僕は読むだけでは終わりたくないんですね。


一昨日買った本は、岡本太郎の『自分の中に毒を持って』です。
まだ読み始めです。

メタモルフォーゼ



君の歪んだ愛の言葉に悩まされる。




愛してるの?




憎んでるの?
 




君は捧げた分を欲しがる。





僕の自由が好きと言って、僕の自由を侵害する。





 
その若さでもう僕の最後の女になりたがる。





心から君の器用さに嫉妬するよ。




体中で君の挫折を祈るよ。





そこから立ち上がれるか、否か。









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